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三角形の円

外食しすぎ。

 

「おねえちゃん太った?」と言われてしまいました。

痩せても太っても自分で気付かないんよね。

そんなわけでまた苦行して遊ぼうと思います。

とりあえず3日間の予定。

そういえば最近あんまし歩いてないなぁ。

思い返してみれば高校生の時にいっぺんに太ってそのままですね。

どうにかして元に戻してみようかぁーね

どんな生活してたんだっけなぁ。何気運動してた気がする。

あと一日あたりコーヒーを5杯くらい飲んでた気がする。

そういえばお夕飯の時間が遅くなったなぁ。

中学校の頃は7時にはお夕飯だったけど

今は11時とか余裕であるもんね。

「元に戻す」って響きがなんかいいね。

ちょっと模索してみます。

 

アンナハーレントの「人間の条件」を読み始めました。

プロローグにあった、人間が宇宙へ出られたときの反応が

 「地球に縛り付けられていた人間が、ようやく地球を脱出する第一歩」

 であった、(中略)人類の歴史の中でいまだかつて、

 人びとが本気になって、地球は人間肉体にとって牢獄であると考え、

 文字通り地球から月に行きたいとこれほど熱中したことはなかったからである。

っていう記述があったんだけど

地球から月へ行ったとしても、

”地球に縛り付けられ”ている状態から

地球と月に縛られている状態に移動するだけであって

それは解放ではないと思うな。

選択ができる自由ってことかな。

でも、月に住めば人は(すべての動物は)それに順応していくから

それらの生き物はもはや地球に戻ることはできなくなってしまって、

それはすなわち「地球からの束縛を逃れて、月に縛り付けられる」

ということなんだから、結局人間(動物)の肉体は

永久に解放されることはないよね。

生きるということが死に向かって進み続けるのと”同じ”ように

自由であるということが新しい束縛に向かって進んでいる状態みたいだね。

つまり自由というのは、束縛への過程を言うのかな、と思いました。

 

でもそれを言うと、地球なり月なりに束縛をされていると「知って」しまった状態から

束縛がスタートするから、また認識うんぬんになっちゃうんだよね。

「すべては認識だ」と言ってしまえばそれまでなんだけど

本当にすべてが帰結しすぎて面白くないなぁ。

精神が肉体に束縛されているとか、肉体が地球に束縛されているとか

確かにそうなんだけど、その束縛から解放された場合にしか

得られない何かを人類は本当に切実に求めているのかな。

これだけ媒体としての恩恵にあずかっておきながら

それはそのまま戴いておくとして、一部の不自由を束縛だとするのは

少し身勝手な気もするよ。

たとえばいま思いつくだけでも

思考が言語に束縛されている、なんていかにもありそうだけどさ。

個人の思考は確かに言語によって束縛されているけれど

その思考は必ず、他人の思考を栄養にして生まれたものなんだから

それには媒体としての言語がなくてはならないよ。

そしてそれによって、たくさんたくさん思考を広げさせてもらっておいて

あるラインに達したら、「これ以上の思考に言語は全く不自由だ。」

なぁんて、”確かにそうかもしれないけど” 不満の矛先が違うと思うなぁ。

 

じゃぁどこへ向けるべきなんだろう。

成長や進歩が不可逆的な一方向のものではなくて

なにか回帰したり循環したりするものであったら

なんだかつじつまが合うような気がするんだけどね。

一方向のものだけれど、循環するようなかたちはどうかな?

 蚊取り線香みたいなぐるぐる巻きになるの。

成長や進歩が蚊取り線香みたいなぐるぐるまきだったらどうだろう。

ちょっとおもしろいなぁ。

あれはどうかな、黄金律みたいな一点を目指して永久にぐるぐるするやつ。

蚊取り線香じゃなくてかたつむりだね。

黄金律あんま知らんけど。

隣り合う「過去」のルートとの関係はどうしようね。

結局不可逆になりそう。笑 

うーむ。むずかしいなぁ

まだ5ページくらいしか読んでないのに

先が思いやられますね。

私には難しくて、うまく先へ進みません。

いつのまにか1時半なのでもう寝なくちゃ。

 

おやすみなさいー

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